Lake Nakuru National Park

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アンボセリを離れ、一路ナクル湖へ向かう。
ナクル湖はナイロビの北西160kmにあり、この日はランチを挟んで一日中ドライブ。

ケニアに来て驚いたのは、日本車の多さ。なんでもこの国の車の8割は日本車らしい。
我々のサファリカーも当然トヨタ車。
それ以外にも、電話機や水道管など、あらゆるものが日本の開発援助によるものなのだそうだ。
「日本にはいろいろお世話になっているからね」と話すケニア人は多い。

フラミンゴの生息する湖として世界的に有名なナクル湖では、その数は最大で200万羽を超えたという。
この季節は比較的少ないらしいが、それでも数千はいただろうか。
湖面を埋め尽くすフラミンゴの群れにはただただ圧倒される。

ナクル湖ではクロサイにも遭遇。
こちらは恐竜そのもの。
こんな動物が生息し、ごく自然に歩いていることにあらためて世界の広さを感じさせられる。

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Amboseli National Park

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ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 草原の象のシルエット
何より僕の患者たちの 瞳の美しさ

さだまさしの「風に立つライオン」を聴いて以来、ケニアは、そしてキリマンジャロは、僕の憧れだった。
アンボセリ国立公園は、ナイロビから南へ250kmに位置し、ヘミングウェイが「キリマンジャロの雪」を執筆した場所でもあるそうだ。

朝ナイロビのホテルを出て、途上国特有のゴムが焼けるような臭いの中、サファリカーで南に向かう。
ナイロビ市内を出ると同時に、道路は未舗装となり、車はガタガタと音を立てながら砂埃を巻き上げながら、時に激しく揺れたり、パンクしたりしながら、国立公園を目指す。
約5時間のドライブの後、ようやく公園内に辿り着く。

ようやく辿り着いた公園、しかしキリマンジャロはその姿を見せない。
昼間は雲がかかっていることが多く、山頂を見たいのなら、日の出直後の早朝がチャンスなのだとのこと。

気を取り直して翌朝、日の出直前の姿が上の写真。
ついに山頂を拝むことができたものの、10分後にはもう雲で隠れてしまった。
なんとも奥ゆかしいキリマンジャロ・・・。

わずか10分の貴重な時間を存分に堪能し、アンボセリを離れナクル湖へ。

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謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

今年はデュッセルドルフにある浄土真宗のお寺に初詣。
皆様、本年もどうぞよろしくお願いします。

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Thank you for what you have done for me

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ケニアから無事戻りました。
書きたいことはいろいろありますが、ドイツもあと1時間少々で新年ということで、詳細は来年に。

今年は結婚と海外赴任という、公私共に大きな変化がありました。
結婚は僕に、「人間は一人で生きているわけではない」ということを心底実感させてくれましたし、
海外赴任は、井の中の蛙であった僕に、世界の広さと、その裏返しとしての日本という国のアイデンティティを考える機会を与えてくれています。
また、モルディブ&マカオへのハネムーンを皮切りに、韓国、ドイツ、ベルギー、フランス、チェコ、オーストリア、スイス、ケニアと、10カ国を旅したことも大きな財産になりました。

まずは、今年一年、僕を支えてくれた皆様にこの場を借りてお礼を言いたいと思います。
本当にありがとうございました。

そして何より、身勝手な僕につきあわされたことで、僕以上に大きく生活が変わったにも関わらず、
毎日変わらぬ笑顔とつつみこむような優しさで、隣で支えてくれた妻に心から感謝してます。
ありがとう。

来年もどうぞよろしくお願いします。

2008年12月31日、デュッセルドルフの自宅にて。

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クマとベルリン

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熊はベルリンの象徴らしい。
BerlinのBer-とドイツ語で熊を意味するBärの音が似てるから、ということらしいが、とにかく街の至る所でクマを発見。

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The Green Citadel

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ベルリンからの帰り道にMagdeburgという街に立ち寄った。
ガイドブックにも載ってないようなこの街にわざわざよったお目当ては、フンデルトヴァッサー最後の建築である「The Green Citadel」、日本語では「緑のとりで」と呼ばれる建築を見ること。

フンデルトヴァッサーは、オーストリアの建築家で、色鮮やかな建築で有名らしい。
直線的で無機質な近代建築へのアンチテーゼから、自然回帰を謳い、曲線を多用しているのもその特徴なんだとか。
言われてみれば、建物の随所に見える茶色の曲線は木を表現しているのだとわかる。
名前の「緑のとりで」は、きっと建物の屋上が緑化されているからだろうか。
何の変哲もない街でいきなりこの建築が現れるさまは、もっと異様かと思ったが、不思議と街に溶け込んでいる。

フンデルトヴァッサーは、日本では、TBSの「21世紀カウントダウン時計」、キッズプラザ大阪の「こどもの街」、大阪市環境局舞洲工場を手がけたらしい。
帰国したら見に行ってみよう。

下はパノラマ合成バージョン。あんまりうまくいかない・・・。

gc


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Bugatti Veyron

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ベルリンで一番驚いたもの。
それはブガッティのヴェイロンが飾られていたこと。

最高時速407km/h、最高1,001馬力で、「スピード競争に終止符を打つ」と銘打って世に出されたヴェイロン。
販売価格は2億円と聞く。

一時期スーパースポーツに携わる仕事をしていたので、その存在は知っていたけど、日本では展示車すら見たことがなかった。
日本で販売された市販車は3台だけ。友人は東京で見かけたと言っていたけど…実物の存在感は他を圧倒するものがあった。

いやーかっこいい!!
しばらく見とれてしまいました。

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Berlin, the divided city

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仕事で何度か訪れたものの、ゆっくり観光できなかったベルリン。
今年の仕事も全て終わったということで、妻とあらためて小旅行。
ベルリンまではデュッセルドルフから電車で4時間。一眠りして読書をすればあっという間に着く。

ニューヨーク、東京、パリ、ロンドンと並んで世界の大都市に挙げられるベルリンだが、その内実は左記4都市とは全く異なる。
東西冷戦で分断されたベルリンが再統一したのは1989年11月9日。
それから約20年、ベルリンはたしかに、ドイツにしては珍しく、若くて、クールで、斬新で、未来型の都市となった。
しかし、今も残るベルリンの壁そのもの、Checkpoint Chalie周辺の戦争特有の雰囲気、半壊したカイザーヴィルヘルム教会、ドレスデンと似た発展しきれない荒廃地など、ベルリンを印象づけるのはやはり第二次世界大戦と、東西冷戦の爪跡である。
クーダムやフリードリヒ通り周辺の都会的な街並みとのコントラストは否が応にも際立つ。

ただ、過去を消し去って、ニューヨークや東京型の都市を作ろうとしたなら、都市として歴史の浅さを露呈することになったかもしれない。
過去を忘れないように街に爪跡を残し、しかし過去を悲観することなく、未来に向けて発展を続けるところに、ベルリンのオリジナリティがあるような気がする。

��写真はベルリンの壁跡を示すレンガ線とプレート)

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Weihnachten Markt

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ドイツではどの都市でもクリスマスマルクトが盛況。写真はデュッセルドルフ。
「クリスマスマルクトで飲むグリューワイン(ホットワイン)はおいしいよ」といろんな人に言われ、楽しみにしてたものの、ワイン自体はそれほどおいしくなかった。
でも、寒い中、仲良しメンバーで集まって、あったかいものを飲む、というのは趣があってよい。

小学校の頃大好物だった、あげパン?みたいなのがおいしかった。

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