経済危機のルーツ



経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか
野口 悠紀雄

東洋経済新報社 2010-04-09
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日本経済のこれからを考える上でよいインプットをくれた本。非常に有意義な読書。

日本が製造業依存から脱却しなければならないと言われだして久しい気もするし、ものづくりこそ日本の強みという論調が今でも根強いような気もしますが、僕個人としてはやはり製造業依存から脱却しなければならないように思います。
(厳密に言うと、アッセンブリーまでを自分でやるというモデルとしての製造業のはもうやめたほうがいいし、自社ブランドにこだわる必要もない、ということ)
アッセンブリーは労働集約的で、人件費の高さがネックになるし、この本に書いてあるとおり歴史的にも製造業は一人当たりGDPが相対的に低い国が、通貨価値が相対的に安いことと相まって世界を牛耳っているのだから、そういう意味でも日本の役目は終わったのでしょう。

製造業という意味では、以前に書いたように、「Appleのiphoneの利益の約35%は日本企業が取っていて、それは他のどの国よりも多く、iphoneが売れて一番もうかるのは日本」みたいな中間財でもうけるビジネスモデルが理想だと思ってます。
「細部にまでこだわる」といわれる日本人気質は、完成品でやっちゃうと「過剰スペック・高コスト」という負の側面に陥りがちだけど、部品とか素材レベルでは「高い技術力に裏打ちされたキーデバイス」といったようなプラスの側面が作用する可能性が高いように思うので。

一方で僕は、ドイツ駐在時の日常生活での体験や、欧米人の同僚との会話から、日本の最大の強み(欧米人が真似できない、かつ尊敬していること)は"politeness"や"hospitality"だと実感し、であるがゆえにサービス業の海外輸出を今後のキャリアディベロップメントの柱に据えようとまで考えているのだけど、ここでいうサービス業ってなんだ!?というのが問題。
というのも、politenessやhosipitalityと聞いてすぐに思いつく産業は観光・ホテル業だったり外食産業だったりですが、問題はこれらの産業がどちらかというと労働集約的で、労働生産性が低く、たとえ製造業からこれらのサービス業に産業構造を転換したとしても、国の生産性を上げることにつながらなさそうなのです。
politenessとかhospitalityって人の性格として蓄積されていくものなので、素直にアウトプットをすると労働集約的なサービス業、となるのはある意味当然なのですが、それではだめだというのを本書を読んで再認識させられました。
人がそのままやることではなく、そういう人たちだからこそできる産業だったり、プラットフォームだったりに転換できるといいのですが。。
医療とか、アニメやコミック含むコンテンツとか。。このへんは引き続き考えていきたいと思います。

シンガポールなんか上手に国を発展させてるなぁと感じるので、一度しっかり勉強してみるべきですね。


(以下備忘録)
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【序章 なぜ歴史を振り返るのか】
80年代においては、社会主義経済の失敗が明らかになった。中国も工業化した。これは、製造業に関する条件を大きく変化させるものであった。それまで社会主義経済圏に閉じ込められていた膨大な数の労働者が、資本主義経済の枠内に参入し、その結果、製造業の生産コストが大幅に低下した。

【第1章 現代世界経済の枠組みが1970年代に作られた】
石油ショックとは、さまざまな財・サービスの相対価格が調整されていった過程である。

「価値の基準であり続けたのは、金との兌換停止によってペーパーマネーとなってしまったドルではなく、金であった」と考えれば、原油価格は格別に上昇したわけではなかったのだ。むしろ「金表示の原油価格が不変に保たれた」と言うべきであろう。

石油ショックとは、原油という特殊な財の価格が変わっただけの過程ではなかった。むしろ通貨の価値が金との関係において、またさまざまな国の通貨間で、調整された過程だったと考えることができるのである。

日本と西ドイツが石油ショックに対して適切に対応できたのは、経済システムの優劣ではなく、むしろ、日本もドイツも通貨が増価した国であったことだ。そしてイギリスやイタリアの通貨は減価した。ドルに対して増加した通貨の国では、原油価格上昇の影響は緩和されたことになる。

西ドイツでも日本でも、戦災によって戦前からの工場の多くが失われた。しかしそのために、新しい技術体系にあった新しい工場を造ることができた。技術が大きく変化した世界では、生産性向上のために、そのほうがかえって望ましかったのだ。それに対して、イギリスやアメリカは、戦前の古い技術体系(蒸気機関)から完全は抜けだせなかった。

高度経済成長の基本は、農業経済から工業経済への移行なのである。

50年から70年にかけての人口成長率は、イギリスでは13%だったが、西ドイツでは28%に及んだ。人口成長率が高ければ、それだけで経済全体の成長率は高くなるが、若年者が多いために労働生産性も高まる。また高齢化に伴う社会保障負担が低くなる効果もある。

日本や西ドイツでは間接金融中心で巨大銀行が存在し、工業化のための資本供給で重要な役割を果たした。

企業の重要決定に労働者が参加する共同決定法の背景にあるのは、階級意識が希薄であるドイツ社会の構造だ。

全体主義的・集計的体制は、新しい情報技術の下では効率が下がるだけでなく、生き延びることすらできない。社会主義国家の崩壊は情報技術の転換とほぼ同時期に起こっているのだが、これは偶然ではなく、必然だった。
(メインフレームコンピュータから分散的情報処理システムへ)

【第2章 経済思想と経済体制が1980年代に大転換した】
70年代のアメリカは、経済面でも政治面でも、最悪の時期を経験していた。

社会主義が保守的になってしまったのは、イギリスだけの特殊事情ではなく、むしろ共産圏において顕著な傾向だった。ソ連だけでなく東欧諸国においても、超高齢者が権力の座に座り続けていた。そして、「体制を変革するには気が遠くなるような努力が必要なので、そのままにしておいた」のである。

サッチャーが目的としてのは、既得権に守られた国内産業を支援することではなく、むしろそれらを排除し、競争力のある効率的な産業を育てることだった。重要なのは企業の国籍ではなく、企業のビジネスモデルであり、その遂行能力であるとされたのだ。

TINA(There is no alternative to market)は、「市場が完全無欠だ」とか、「市場はすべての問題を解決する万全の手段だ」などと主張しているのではない。市場システムに原理的な問題があることは、十分に認識されている。「市場を代替する資源配分のメカニズムは、存在しない。少なくとも、社会主義経済や国営企業は、市場の欠陥を是正する手段にはなりえない。だから、やむをえず市場システムに依存するしかない」というのがTINAの主張である。

イギリスでもアメリカでも、国力が落ちるところまで落ちれば、強力な政治家が現われて国と経済を改革する。ソ連でも同じことが起こった。これは、経済の自動調整機能にも似たメカニズムである。

広大な国土に広がる経済活動のすべてを把握することなど、誰にもできない。だから、いかに深刻な病に陥ってもコントロールできない。「社会主義経済は経済運営に必要な情報を伝達できない」ということこそ、ハイエクによる計画経済批判の中心的論点だが、まさにそのとおりのことがソ連で起きていたのだ。

共産主義国家は検閲と情報遮断が統治の基本

ドイツ再統一は、ドイツ没落の始まりだ。その理由は、東西間の経済的格差が大きすぎたことだ。

それまでの開発途上国は、経済成長のため、輸入に頼っていた財を国内で生産することを目的とした。しかし、輸入品に比べてコストが高くなり、結局は経済発展が阻害されることとなった。こうした失敗した国の典型がインドだ。中国が行ったことは、これと反対だ。国内需要とはあまり関係のない分野で輸出産業を興し、それをテコにして経済発展を行おうとした。

【第3章 ITと金融が1990年代に世界を変えた】
80年代の日本の生産性は本当に高かったのだろうか?日本企業の利益率(営業利益/総資本)は、高度成長期の8%から、80年代には5%程度にまで落ち込んでいたのである。こうなった基本的な原因は、欧米諸国との賃金格差が解消され、さらにアジア新興工業国との競争が始まったことだ。

ユーロとは、ドイツに鎖をつけ、強いマルクを引きずりおろすための装置にほかならない。

証券化は、「各ローンの破綻は独立に起こる」との仮定だ。景気が悪化して住宅価格が下落するような、すべての借入者が同じような影響を受けるリスク、すなわち市場リスクに対しては証券化は機能しない。

これらの資産がどれだけの価値があるものかを評価する「価格付け」が最も重要なところだが、最も重要なところでファイナンス理論が使われず、「格付け」という不完全な手法が使われた。

保険は分散投資の一種なので、個別リスクに対しては機能するが、システマティック・リスクに対しては機能しない。それに対して、CDSはシステマティック・リスクに対しても機能する。

【第4章 1990年代はアメリカとイギリスの大繁栄時代】
アメリカの製造業の雇用者は、07年には1343万人まで減少した。雇用者総数に占める製造業雇用者の比率は、10.1%にまでなった。経済全体に占めるウエイトが、40年間に3分の1近くに低下してしまったわけである。

80年代のアメリカ経済におけるサービス産業化の過程では、生産性の低い対人サービスが増えたのではなく、新しい技術に支えられた生産性の高い高度なサービスが増えたのである。

中国の工業化という大きな経済条件の変化に対して最も重要なのは、「中国ができない高度の経済活動」に特化してゆくことである。

イギリスが復活したのは、金融による。「ビックバン」がもたらした「ウィンブルドン現象」による。つまりイギリスの金融立国は、それまでのイギリスの伝統的な金融機関が成長して実現したのではなく、プレイヤーが交代して外国からの選手が入ってきたために実現したのだ。

イギリスでもアメリカでも、大学や研究機関が継続して強かった。イギリスの製造業は没落したが、自然科学の基礎研究では、イギリスは継続して世界をリードしていた。また、経済学などの社会科学の面でも、イギリスは世界の最高水準を維持した。

「脱工業化」とは、高度なサービス産業への移行であり、それを支える高度の知的活動が必要だ。そのベースには、ITの進展や金融革新がある。イギリスやアメリカの脱工業化は、決して地に足がつかない浮ついた動きではないのである。

従来の世界経済では、先進国から開発途上国に対して直接投資を行うというのが、普通のパターンであった。80年代以降の中国の工業化の過程でも、そのような投資が進展した。しかし、イギリスで生じた現象は、それとは異質の新しい動きである。それは、先進国から先進国への直接投資だ。それによって、金融の新しい活動などの新しい経済活動が起こったのである。これを、「21世紀型のグローバリゼーション」と呼ぶことができる。

ニューヨーク市場での金融取引規制強化や、9・11テロ以降のアメリカの反イスラム風潮やテロ警戒の強化を産油国が嫌い、歴史的につながりの強いイギリスを選好するのだろう。さらに米企業改革法の結果、きびしい規制を嫌った外国企業の一部が、上場市場をロンドンに移した。

アイルランドが急成長できた要因として指摘されるのは、教育と海外からの直接投資である。

法人税引き下げは、国内企業の税負担を下げるためのものではなく、海外からの投資を受け入れるためのものだ。

いまやアイルランドは、ITの世界的ハブになっている。

アイルランドの教訓はきわめてシンプルだ。「高校と大学の授業料をゼロにせよ。法人税制を簡素化・透明化し、税率を引き下げよ。外国企業に門戸を開け。経済をオープンにせよ。英語を話せ」

「90年代の発展は、ヨーロッパの周辺国において実現した」のは、英語力と無関係ではない。小国には自国語で大学の教科書を作るほどの人口はいないから、高等教育の教科書はどうしても英語になる。それだけでなく、日常の仕事でも英語が不可欠だ。

【第5章 未曾有のバブルとその崩壊:2000年代】
日本が外需依存で経済成長したのは、02年から07年にかけての特殊事情だ。日本の貿易依存度は、もともとそれほど高くない。高度成長の最も大きな牽引力は、国内の設備投資だったのである。

賃金が上昇しないので、景気回復の実感はほとんどなかった。この間に格差が拡大したといわれたが、それは賃金が上昇せず、その半面で高所得者の所得である資産所得(株価上昇)が増大したからだ。これは外需依存経済成長がもたらした必然の結果だった。

アメリカ人は、なぜビッグ3の自動車でなく、日本車を買ったのか。言うまでもなく性能がよくディーラーのサービスがよかったからだが、それだけではない。この間に円安が進行したことが大きな理由だ。

重要なのは、この状況が危機以前の水準に戻ることは、期待薄であることだ。なぜなら、現在の事態は、バブル崩壊によってもたらされたものだからだ。バブル時代の水準が、長期的な傾向からみれば高すぎたのであり、それが元に戻っただけだ。

アメリカ一極集中が終わるといっても、中国やインドが、アメリカなしで独自に経済成長できる段階に達しているわけではない。これまで、中国は輸出先として、インドはITアウトソーシングの発注元として、それぞれアメリカに強く依存して発展してきた。その基本構造は、今後もかなりの期間継続するだろう。

ITも金融も、基本的な技術がアメリカで生まれ、アメリカで発展してビジネスになった。今後も、金融やITにおいてアメリカが世界を先導することは、ほぼ間違いない。

「高賃金であるが高い技術力を持つ」という日本の比較優位を生かす国際分業の姿は、機械などの資本財や部品などの中間財の輸出に特化することである。
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Cup Noodle


楽天オープン期間中に、ナダルがカップヌードル(主にシーフード)を30個食べたという噂を聞き、宣伝効果そのままにカップヌードルが食べたくなり、夕飯に2つも食べてしまいました。。

"ナダルは今大会、試合前や試合後にカップ麺を食べる姿が目撃されているが、「カップ麺ばかり食べているわけではない」とコメント。「鉄板焼きを食べたし、魚市場にも行った。世界中のどこの国でも、日本食を食べるようにしている」と述べた(2011/10/09 ロイター)"

うまかったです。
が、これでまたしばらくはおあずけにします。
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Rakuten Japan Open Tennis Championships Final


楽天オープン決勝戦。自宅で観戦しました。

なぜ準決勝は現地に観戦しにいって、決勝は自宅にしたのかと言うと、以前ローランギャロスに全仏の女子シングルス決勝(サフィナvs.クズネツォワ)を観に行った時に、けっこう一方的な展開で、1時間強でセットカウント2-0で終わってしまい、すごくあっけなかった記憶があったんです。
で、それなら準決勝のほうが2試合観られるし、準決勝まで来ればかなりの好試合になるのは間違いないし、ということで、今回は準決勝を現地観戦、決勝は自宅観戦にしました。

しかし、今日の決勝は「現地で観たかった!」と思わずにはいられない熱戦。
ナダルの出来は昨日とは明らかに違うし、そのナダルを1セットダウンから逆転で下したマレーは覚醒したかのように強かった。
惜しいことをしましたが、2人とも来年も来たいと言っているので、来年は決勝を観に行きたいです。

マレーはダブルスも優勝して大会2冠。おめでとう!
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Rakuten Japan Open Tennis Championships


今日は有明テニスの森で開催中の楽天オープンのシングルス準決勝2試合、ダブルス準決勝2試合の計4試合を観戦に行きました。

第一試合はナダルvs.フィッシュ。
ナダルは決して本調子じゃないように見えましたが、第一セットを取った後の第二セットは徐々にノッてきたようで、ナダルらしいショットがいくつかありました。

それよりおもしろかったのは第二試合のマレーvs.フェレール。
ストローカー同士の激しい打ち合い、マレーの200km/hを超すサーブ、非常に見応えがありました。
激しい打ち合いでしたが、少しずつマレーのほうが上回っていて、終わってみればマレーの圧勝でした。
個人的に2008年に初めてプレーを観て以来、マレーを応援し続けているんですが、今日は生でそのすごさを感じることができてよかったです。

その後のダブルスでもマレーがお兄さんとともに登場。
こちらもフルセットの末勝ち上がって、マレーは明日シングルスとダブルスの二冠を狙っての戦いになります。
がんばってほしいなぁ。特にシングルス。

楽しい一日でした。
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鹿児島


写真は全く関係ないですが、日曜から火曜まで鹿児島に出張しました。
鹿児島を訪れたのは小学生の頃の家族旅行以来でしょうから、20年ぶりくらいでしょうか。
九州新幹線が全線開通したからか、鹿児島中央駅は新しい駅ビルが建っていて、思った以上に都会的でした。

鹿児島といえば、僕のお気に入り番組であるBSジャパンの「写真家たちの日本紀行」で、師岡清高さんが撮影していて、その回は僕の今年一番のお気に入りでした。
彼のような写真が撮れるようになりたいと思ってたこともあり、今回せっかく鹿児島を訪れるので、写真を撮ろうと思っていたのですが、残念ながら仕事におわれて全く撮れませんでした。
次回の出張に期待です。妻の出産が遅れるとかぶりそうなので、どきどきしてますが。。
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宮城谷昌光



第一子が生まれるまであと1か月を残すばかりになりました。
妻の妊娠が発覚したのが3月、それからあっという間の半年間でしたが、そろそろ名前の候補を考えなければなりません。

いくつか本を読んでみると、名前の考え方も、「音から考える」「使いたい漢字から考える」「画数から考える」「イメージから考える」などいろいろあって、はてどうやって決めたものか。
これはなかなか悩みます。なにしろ一生ものですから。

そもそも僕は自分の子にどんな人間になってもらいたいのか。まずはそこがスタート地点だと思いました。
それを考えるには、自分が最も感銘を受けた本を読み返してみよう、そこに自分の価値観を探るヒントがあるにちがいない、ということで9月は僕の座右の書である宮城谷昌光を再読。


「孟嘗君」(文庫本全5巻)
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宮城谷昌光の最高傑作。僕が彼の小説に本格的にのめりこんだのもこれを読んでから。 高校1年の時に初めて読んで、以来2-3年に一度は再読してます。何度読んでも学びが多い、まさに座右の書。 人になにかをしてやるというのは、自分なりの善意の表現であり、それで満足すべきであり、恩を返してもらおうとわずかでもおもえば、自分の善意がけがれる。 公孫鞅が風洪の金でなんとかなり、やがて他人にひとつでも善いことをすれば、風洪の金は生きたわけであり、わざわざそれをみせてもらうまでもない 「富がまぼろしであるといったのは、たとえば、外国の軍が趙に侵攻してきて、邯鄲が落ちるということがある。そのとき、わしの家も工場も破壊される。わしは以前の徒手空拳にもどる。あるいは君主が暗愚で苛政をおこない、民衆が叛乱をおこしても、邯鄲は崩壊し、わが家もつぶされよう。だが、わしはすぐに立ち直る。なぜなら、わしは財を蔵に積まず、人に積んでいるからだ。人が手をさしのべて、わが家も再興してくれるであろうし、わが家ができることで、多くの人は分配される富を手にすることができる、わかるか」(郭縦) 田文の人格について、まず『思いやりがある』とほめ、田文のなかにある仁の資質をあげ、つぎに、『口にしたことはかならず実行する』という信のたしかさを誇るように語った 「それは、ありがたい。そのうえでいうのだが、ここにあるのは水との戦いだ。はっきりいって人と戦うよりむずかしい。負ければ容赦なく殺され、その戦死は、いっさいの名誉から遠い。だれのつぐないも、悼みも期待できない世界がここにある。いわば純粋な奉仕だが、それだけにこの仕事は尊い、とわたしはおもっている。わかってくれようか」(田文) 「公孫鞅の失敗は、その仁義をおろそかにしたことにある。白圭の成功は、おそらく、いのちがけで仁義をまもってきたことにある。仁義ということばは、中華がもちえた最高の理念をあらわしている。それがわかる者が天下を制御してゆくのです」(尸佼) 「文どの、人生はたやすいな」 「そうでしょうか」 「そうよ…人を助ければ、自分が助かる。それだけのことだ。わしは文どのを助けたおかげで、こういう生きかたができた。礼をいわねばならぬ」 「文こそ、父上に、その数十倍の礼を申さねばなりません」 「いや、そうではない。助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ。文どのにいいたかったのは、それよ」 「管仲」(文庫本全2巻)
管仲〈上〉 (文春文庫)管仲〈上〉 (文春文庫) 宮城谷 昌光 文藝春秋 2006-07 売り上げランキング : 144234 Amazonで詳しく見る by G-Tools
上記「孟嘗君」の中で称賛されていた管仲について書かれたのがこれ。読むのはこれで二度目。 人は何年もかかって変わる場合もあるが、一瞬にして変わる人もいる。後者には自己を信じきる強さがあり、その強さは、自己を完全に棄て去る強さにひとしい。 批評は否定をふくんでおり、建設は破壊を前提にしている。管仲は伝統についても語ったが、それはいわゆる伝統ではなく、天意とか天命を問いなおすことから発した伝統であり、くだいていえば、人民のために何もできなくなりつつある周王が諸侯の上にいてよいのか、それがほんとうの天意か、ということである 「覇者になるということは、待つということなのです。いま斉は魯と争っていますが、争うとは両者が均しいことをいいます。相手を倍すれば、除けます。君がヒョウをお攻めになるのが、それです。が、十倍の力をもてば、戦わずに相手を服従させることができ、百倍の力をもてば相手を教化することができます。無礼を正すとは、相手を滅ぼすことではなく、教化することです。そうすれば、君は居ながらにして偉業を成し、覇者として天下に君臨することができるのです」(管仲) 「奇貨置くべし」(文庫本全5巻)
奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫)奇貨居くべし―火雲篇 (中公文庫) 宮城谷 昌光 中央公論新社 2002-02 売り上げランキング : 62880 Amazonで詳しく見る by G-Tools
秦の始皇帝を見出した呂不韋の物語。ずっと本棚にあった(読んだつもりだった)のに、実際読むのははじめて。現在第2巻(火雲篇)まで読破。 「孟嘗君」に負けず劣らず大作。呂不韋の少年時代、青年時代を通して物語が進んで行くので、彼が人はどう生きるべきかを試行錯誤しながら成長していく様子を追体験できる。そのぶん、人生の金言がそこかしこに。 付箋を貼る量は一番多くなりそうです。 要するに、才能をつかいつくしたあとに、ある富を手にいれて自己満足のうちに生涯をおえるか、自己のむこうにある自己をさがしあてる、いわば個人の才能ではどうにもならぬ冒険を無形の富と考え、邁進することで一生をつかいはたすか、である。 —どちらが得か。 と、考えれば、結論はあまりにもあきらかである。が、どちらが、おもしろいか、といえば、計算の外にある人生のほうがおもしろい。 —そうか。困難を求めてゆけばよい。 困難を避けると、いつまでたっても自分というものがわからない。そのあいまいさと同居している自分が、的確な判断をくだせるわけがない。困難と格闘すれば、その困難に勝とうが負けようが、心身の力をせいいっぱいふるったことで、目的や対象との距離があきらかになり、自分の能力の限界を描きだせる。知恵とはそのつぎに生ずるもので、つまり知恵のある人とは、無限の能力を誇る人のことではなく、有限の能力をみきわめた人のことではないのか。 ー積土の山を成さば風雨興り、積水の淵を成さば蛟竜生ず。 はじめのころに孫に語ってもらった教えのなかで、そのことばが呂不韋は好きである。人は日々小さな努力を積み重ねてゆくと、ついに山のような巨きさになる。そうなるといままであたりに風もなく雨もなかったのに風雨が起こるようになる。水も深くなければ蛟竜は住めない。人の学識や度量もそうであろう。ひとりの人が改革を外に求めず、内に求めることによって、おのずと外が変わる。人間を信ずる絶大さがここにはある。 ーわたしは運がよい。 と呂不韋はおもう。奴隷にされるという最悪なときに、孫のようなすぐれた先生にめぐりあえて、教えをうけることができた。人の力を過大に考えるわけではないが、努力を積み重ねてゆけば、人はおもいがけない力を発揮するようになる。自分が自分におどろくようにならねばならぬ。不運や不遇を嘆き、他人の薄情さを怨んでいるうちは、自分が自分を超えていない。努力が足りないあかしである。ほんとうの高みに登れば、展望がひらけ、風が変わる。人の世の風も変わるのである。 「理由のないことは起こらない。自分からでていったことは自分にかえってくる」 と呂不韋は孫子にさとされたことがある。 未来は起こるのではなく、起こすものであろう。自分の現在と過去からでていったものが、未来としてかえってくるのではないか。 呂不韋はそうおもいたい。

さてさて。こうして読んでみるとたしかにヒントは見つかったような気がしますが。。
あと1か月、じっくりゆっくり考えることとしましょう。
10月は、つい最近10巻が発売されたばかりの「三国志」も通読してみようと思います。
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陽はまた昇る


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佐藤正明

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ビジネスの話で、「デファクトスタンダード」がテーマにあがると必ずと言っていいほど例に挙がるVHSとベータの開発物語。
すごくいいですね、この映画。
どこまでが事実に基づいているのかわかりませんが、VHSが相当土壇場まで追い込まれていたとは知りませんでした。

この映画のハイライトは、何といっても西田敏行演じる事業部長の事業への情熱が、チームを一丸にし、本社経営陣を覚悟させ、さらには競合メーカーまで説得する、というストーリーなんだと思います。
僕も大きな組織に属すようになってわかりましたが、ものすごいエネルギーが必要ですよね、これ。
自分のやりたい方向性が組織の「空気」と反対を向いている時って、ほとんどの人に話が通じないし、説得できないし、動いてもらえない。
この映画の前半での渡辺謙がそういう役なんだと思いますが、大企業で働く人ってすごくリスクに過敏だと感じます。変に目立って失敗するよりは、おとなしくしてたほうがいいって人がすごく多いように思います。
当時もそうだろうし、選択肢の増えた今の時代に大企業を選ぶ人はなおさらそうなのかも。
そういう人たちを、ビジョンと、情熱でひっぱって、少しずつ巻き込んでいくというのは、途方もないことで、僕はだいたい話の通じない人にあうと興味を失います。こんなやつらとやってられるか、と。
組織で働く以上は、それじゃだめだなと最近痛感。けっきょくビジネスって人ですからね。
ただしそれは、人情味を持たなきゃということではなく、情熱を持たなきゃということのような気がする。ようは情熱を持てる仕事のしかたをしないといけない。

一方で、経営陣側に立ってこの映画を見ると、これって複雑な映画ですよね。
本社の役員(?)が、「このVHSが成功しても、君の仕事の進め方は間違っている」と西田敏行演じる事業部長に話す場面にそれが集約されていると思いますが。。
先行きのわからない事業への投資をどこまで継続するのか、逆に言えば、撤退基準をどう設定するか、というのは、経営する側からすれば非常に重いイシューだと思います。
開発は当然自分たちの技術を我が子のようにかわいがり、思い入れを持っているのでまずやめようとしないし、事業の撤退となると、それまでその事業に携わってきた人の努力をある意味無に帰すわけですから、その反発は相当なものです。
かつて事業のリストラプロジェクトをやった時も、撤退を提案された役員が怒りにまかせて罵声をあびせる中で撤退を決断できる経営者もいれば、あと一年、あと半年、とずるずるひっぱってしまう経営者もいる。
不採算事業の延命は、企業全体の業績に致命的になるケースが大半で、今回のように逆転ホームランを打てるのは本当にまれ。
今回のケースは、消費者ニーズをしっかり理解していて、だからこそ開発のエゴではないのだ、という見方はできるかもしれませんが、それも結果論かなとも思います。
僕は冒頭で「VHSがここまで追い込まれていたとは知らなかった」と書きましたが、裏返せば、ここまで追い込まれる前に撤退の意思決定をするだろう、と思ってたからなのかもしれません。

あと1つ思ったのは、父親がいい仕事をすると家族の絆は深まりますね。
子どもたちが父親の背中を尊敬のまなざしで見ていたラストは印象的でした。
背中で語れる父親を目指さねば。

本当にいい映画でした。
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写真展めぐり


連休中は6つの写真展と国際的な写真の見本市であるTokyo Photo 2011に行きました。


野口里佳「光は未来へ届く」(IZU PHOTO MUSEUM)

「小さな宇宙と大きな宇宙、微視と巨視を行き来する独自の視点で、野口里佳は不思議さに溢れたこの世界を写しとります」

なるほど彼女の写真は被写体との距離感が独特。
被写体に親しみを持っているわけでもなく、かといって距離をおいているような冷たさはなく、遠くから被写体が身を置く世界を温かく包むような写真。
光をすごく大切にしているんだと思いますが、光に全てを語らせるわけではない。
こういう写真を撮るのは難しいなぁ。。自分と世界との向き合い方だと思うんですよね、この撮りかたって。
「写真から表現意図が読み取れる写真」と「そうでない(読み取りづらい)写真」とに分類するとすると、野口里佳は後者だと思う。


ロバート・フランク「Flower Is」(Gallery Bauhaus)

「The Americans」が超有名なロバート・フランク。実際の写真展で見たのははじめて。
以前に、書店で「London/Wales」という写真集を見たことがありますが、その中に作品を選ぶ前のベタ焼きの写真があって、それがすごくおもしろかったです。
プロの写真家がどういう撮り方をして、そこからどうやって作品を選んでいるのか、少し垣間見ることができますから。
今回の写真展でも、ベタ焼きの写真が、自動車工場のとパリのとそれぞれあって、それがよかったです。


川鍋祥子「空に…」(アップフィールドギャラリー)

すごく感じのいいギャラリー、すごく感じのいい写真家さんでした。
写真も女性らしい視点だな、と。野口里佳はコンセプチュアルですが、川鍋祥子さんの写真は主題がはっきりしてたように思います。
テーマが祭りだったから、というのもあるのでしょうが。
最近たくさん写真みるので、男性的な写真とか女性的な写真とかってのは、やっぱりあるなぁと思います。


橋口譲二「Hof ベルリンの記憶」(銀座ニコンサロン)

ベルリンはベルリンでも、旧東ベルリンの写真。
ドイツに住んでいた頃、ドイツ人たちが「彼は旧東の人間だから…」と話すのを聞いたことが何度かあり、統一から20年近くたってもまだ名残があるものかと驚きましたが、実際に東ベルリンやドレスデンなどの旧東ドイツの街は今でも当時の面影がはっきりと残っています。
画一的な集合住宅、シンプルで無機質なデザイン、大戦での爆撃と今もなお修復されない爪跡…そういった東ドイツのキャラクターが写し撮られた写真展でした。
海外国内問わず、いろいろな街をこれからも訪れて写真を撮りたいと思ってますが、単にきれいな写真を撮るのではなく、その街のキャラクターを想起させる写真が撮りたいな、と再認識。


宇野亜喜良 沢渡朔 立木義浩 寺山修司 森山大道「SCANDAL2」(BLD GALLERY)

時間がなくてほとんど見れませんでした。残念。。


長島有里枝「What I was supposed to see and what I saw」(1223現代絵画)

有名な方なので楽しみだったんですが。。ちょっとよくわかりませんでした。
花ってモチーフとして解釈が難しい気がしますね。
もう少し写真の数があれば違ったのかもしれませんが…あれで500円か…うーーーん。。


Tokyo Photo 2011(東京ミッドタウン)

写真の見本市ということで、日本の著名なギャラリーがブースを構え、海外のバイヤーが買い付けをするシーンがちらほら。
写真ってしっかりアートとして取引されているんだと実感。まだまだ規模は小さいのかもしれませんが。。
河西春奈さんという写真家の作品が好きでした。
こういう規模の大きいイベントもいいですが、ちょっと見きれないですね。。一枚一枚見るのに頭使うし。。


まさにPhotography weekend。全部つきあってくれた妻よ、ありがとう。
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ご無沙汰しております


久しぶりに書こうと思うのですが。。何から書いたものかわからないですね。

今日のランチは広尾の「太桜」という中華料理を食べました。
かつてこのあたりに住んでいた、妻のお父さんに連れて行ってもらったのがきっかけのこの店。
古くからあるんだろうなーという店構えで、味もよく、広尾では考えられないお手頃な価格ということもあって、それ以降も妻と足を運んだり、一人で食べに行ったりしてます。
毎回餃子タダ券くれるんですよね。もう最初から餃子セットなんじゃないかって気がしてきますが、タダ券あると行っちゃいますよね。
同じように考える人が多いのか、店は食事時はもちろん、今日は夕方4時くらいに行ったのに全てのテーブルが埋まってました。
4人組の学生さんがいて、彼らは餃子チケット持ってない様子。

「担々麺に餃子をつけたら1050円かぁ。。うーん。。」

次回からは餃子のこと気にせず注文できるよ。これで君も常連だ!
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