今度は愛妻家

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映画「今度は愛妻家」
http://www.kondoha-aisaika.com/

先日機内で観ました。

20代後半くらいからか、突然涙もろくなりました。
スポーツを観たり、映画を観たりすると、ちょっとしたことで涙が出そうになるのです。
僕は、そのこと自体はすごくいいことだと思っていて、というのも、昔より人の気持ちがわかるようになったということのような気がするからです。

単純な僕は、映画を観て少し泣いて、ちゃんと愛妻家になろうと、そして、もっと妻の写真を撮ろうと思いました。

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Who are you, David Jones?

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出張で今度はブラジルのサンパウロに向かってます。
サンパウロへは、成田からアメリカのワシントンダレス空港を経由して合計22時間くらいのフライトです。

本来であればもうサンパウロに着いているはずなのですが、実はこの記事はワシントンダレス空港のラウンジから書いています。
というのも、昨夜21時半に予定していたサンパウロ行きのフライトが、2時間送れの23時半に変更になり、0時くらいにキャンセルが決定、翌日23日(=今日)出発に変更になったのです。
成田からワシントンに到着したのが16時なので、8時間待ってのキャンセル。
空港は代わりのホテルを手配してもらう人の行列でパニック。何も動けないまま時間は既に深夜1時。異国でこの状況はすごく疲れます。

深夜1時半くらいようやくホテルバウチャーをもらったのですが、今度はホテル行きのシャトルバスが来ません。
ようやく一台来たと思ったら、10人乗りくらいのスモールバン。疲れきっていらだっているアメリカ人が我先に乗り込み、あっという間に満席。
こんなことをやっていたら、また1時間くらい待たされて、ようやくバスに乗っても今度はホテルの受付で1時間待って…みたいな感じで、夜が明けてしまいそうです。

というわけで、ワシントン到着後のトランジットの合間に3-4時間ステイしていたダレス空港近くのハイアットに電話。
「3時間でチェックアウトをしたのだけど、フライトがキャンセルになってワシントンに泊まることになった。もともとは1日分払っていたし、同じ部屋を使わせてくれない?」と相談したところ、「もちろんだ。もともと今夜はあなたの部屋なのだから」との返事。
今回の出張で出会うアメリカ人はみんな陽気で親切。少し嬉しくなる。
シャトルバスを待つ行列に別れを告げ、タクシーを拾ってハイアットへ。ハイアットまではわずか5分の距離です。
ようやく休める、と安堵しましたが、ここまでならよくある苦労話。
この長い一日はまだまだ終わりませんでした。

ホテルに着くと、受付の男性が「待っていたよ」と満面の笑顔で、昼間に使っていた部屋の鍵をくれました。
エレベーターに乗り、7階に上がり、部屋に向かうと、なぜか部屋の中から物音と人の声が。
よく見るとドアには「Privacy」タグがつけられています。
変だなと思いながら、カードキーを挿すと、やっぱりドアは開きません。
なんだこりゃ、と思いながらもう一度フロントへ。

フロントで「誰かいたよ?」と話をすると、「そんなわけないだろう。お前の部屋だぞ」と先ほどの男性。
部屋に電話をしても誰も出ないから、空耳に違いない、カードキーは何かのエラーかもね、という話になり、今度はボディガードのような屈強なアメリカ人に連れられてまた7階へ。
屈強アメリカ人がマスターキーでドアを開けようとすると、またもエラーで開きません。
彼は不審な顔をしながらドアをゴンゴンとノック。しばらくは返事がありませんでしたが、再三のノックの末、中から返事が。「もう風呂入って寝るんだよ」みたいなことを言ってます。

屈強アメリカ人と、「やっぱ人がいるなぁ。違う部屋借りたら?」という話になり、またフロントへ。
いったいいつになったら寝れるのだろうか。。
フロントに戻って、屈強アメリカ人と人がいた話を受付にすると、さっきの男性に加えて別の女性も加わり、パソコンをいろいろと調べはじめました。
調べたあとに彼女の言った一言が衝撃的。

女性:「あなたの部屋には今David Jonesという人がいるわ。知り合い?」
僕:「いや…全く知らないよ」
女性:「そんなはずないわ。きっと彼はあなたとルームシェアをするつもりなのよ」
僕:「いや…だから知らない人だよ。ルームシェアの予定はないよ」
女性:「じゃあ部屋に電話してみましょう…うーん、何度電話しても彼は電話に出ないわ。しかたないから私が直接部屋に行って話をしてきます」

というわけで、今度は彼女と屈強アメリカ人が7階へ。
もうこれでは話がついたとしても、見ず知らずの、パイレーツオブカリビアンに出てくるモンスターのような名前のDavid Jonesが使った部屋には泊まる気がしないではないか。
疲れきったままフロントで待つこと5分、女性と屈強アメリカ人が戻ってきました。

女性:「今ここの前を誰か通った?」
受付男性:「誰も通らないよ」
女性:「変ね。部屋には誰もいなかったわ」
男性:「は?さっきは声がしたって言ってたじゃん」
女性:「そうなんだけど、今見に行ったらもう誰もいなかったの。一体どこにいったのかしら?」
屈強:「とにかく彼には違う部屋を用意してやれよ。気味が悪いぜ」
女性:「…そうね…彼には違う部屋を用意して、私たちはDavid Jonesの行方を追いましょう」

とにもかくにも2階の別の部屋をもらえたものの、気味が悪くてしょうがない。
不思議な不思議な、長い長い一夜はこうして幕を閉じたのでした。
その後David Jonesは見つかったのでしょうか。。

さあ、あと1時間でいよいよサンパウロ行きが出発です。
今度こそちゃんと飛びますように…。

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Moscow

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仕事でモスクワに行ってきました。

フランクフルト経由でモスクワに到着したのは現地時間の23時すぎ。
空港を出るとあたりは当然真っ暗で、気温は-15℃。
凍てつく寒さの中タクシー乗り場へ向かうものの、なんとタクシーがいない。
これは困った…とあたりを見渡していると、タクシーっぽい、というか白タクを発見。
とにかくホテルまで連れて行ってもらうことに。40分程度で4,000ルーブル(≒12,000円程度)。
あとでロシア人同僚に聞くと、通常は1,300ルーブルくらいだそうです。ロシアはもともと白タクが多く、事前交渉が必要なのだとか。
後にホテルでタクシーを呼んでもらったときなどは、白タクすら捕まらず、通りかかりのおそらく普通のおじさんをとめて、ボーイが金額を交渉。実際に目的地まで連れて行ってもらいましたが、なんとも信じられない思いでした。

それ以外にも、ロシアは、今まで訪れた国と比べてもいろんな意味で新鮮な国でした。

例えば、ロシア人同僚との会話には、「カザフスタン」「ベラルーシ」など、旧ソ連の国の名前が強い親近感とともに登場します。
今回食事に連れて行ってもらった先も、カザフスタン料理、グルジア料理、そしてアルメニア料理と、およそ日本やヨーロッパでは候補に挙がることのない国の料理。
ああ、ここはロシアなのだな、そして、かつてのソビエト連邦のつながり意識は今でも強いのだな、と実感。
そして、アルメニアコニャックは、これがなかなかおいしいことも体感。
今まであまり意識してこなかった旧ソ連の国々が、少し身近になったような気がします。

スーパーに行くと、日本で地ビールだとか各地の焼酎だとかがずらーっと棚を占めているのと同じように、この国ではすごい種類の地ウォッカが棚に並んでいることには驚きました。
「ロシアはウォッカ」とは聞いていたものの、こうやって実際に見ると感動します。

また、ロシア人から聞いた話で印象に残っているのは、ロシアの金融機関では、幹部社員になるのはほとんど女性だということ。
というのも、数字を几帳面に管理する能力は、明らかに男性より女性のほうが優れていて、男性だと「まあだいたいこれくらいでいいや」と思うことも女性はきちんとやるので、数字の管理能力が問われる金融機関の管理職には女性が昇進するらしいのです。
言われてみれば、女性のほうが細かいところまできちんと考える能力に長けているのは日本でも同じような気がします。
日本はまだ男性優位の社会構造が残ってますが、ロシアはそのへんが平等だということなのでしょうか。
非常に興味深い話です。

肝心の仕事のほうは、恐ろしく多忙な一週間でした。
それでも、わずかな合間を縫って一度行ってみたかった赤の広場へ。
クレムリンやレーニン像も立派でしたが、何より心を奪われたのは聖ワシリイ大聖堂(=写真)。
次回ロシアに来るときは、もう少しゆっくり時間をとって、クレムリンの中も散策してみたいものです。

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30

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もう昨日のことになりますが、誕生日をむかえ、30になりました。
写真はフラワーケーキ?とでも呼ぶのでしょうか、妻がプレゼントしてくれたものです(花なので、食べられません)。

30歳の誕生日はこれまでと違う気分なのか?と何人かに聞かれましたが、実はまだ30歳という実感がありません。
ただ、30歳というのがどういう年齢なのかを考えることはあります。
1つは、「若いのにがんばっててえらいね」「若いのにすごいね」と言われる年齢ではなくなったこと。
例えばクライアントに年齢を聞かれ、20代と答えていたときは、なんとなく上のような反応があって、悪い気はしなかったものですが、もうそんなこともなくなりそうだな、と思うと少しさびしい。
と同時に、これからは一人前の大人として扱われるのだ、もはや若さは言い訳にできない年齢になったのだ、と気持ちをあらたに一層がんばらなければならない、と思ったりもします。

30歳の時、僕の両親は何をしていたか。
父が30歳の時、僕は既に生まれていて、1歳でした。
さすがに1歳の頃の記憶はありませんが、写真で見る限り、今の僕と似たような大人加減の気がします。
まあ、既に子どもがいたわけだから、父のほうがだいぶ大人なのかもしれないけど。
その3年後、母が30歳の時、僕は4歳。幼稚園に入った頃です。
今僕に幼稚園児の子どもがいたら、と考えても、全く想像力が働きません。
当時の母は、30という節目に何を思ったのだろう?
子育てが忙しくて、それどころじゃなかったのだろうか。妹も生まれてたし。
何しろ親のことを考えても、30というのがどんな歳なのか、いまいちピンと来ないのです。

一方で、最近はおもしろい話があります。
というのも、僕と同年代の連中が、入社した会社で偉くなったり、起業したりで、「一緒に何かおもしろいことをやらないか?」という誘いをよく受けるのです。
いわゆる一般的な転職活動をしたりせずとも、こんな感じで次のキャリアを想像する機会が最近すごく多い。
少しずつだけど、僕らの世代が、会社の中軸になって物事を動かしたり、起業して新しい価値を提供したり、社会を動かしていく、変えていくことができるようになってきたのだと実感します。
そういう意味で、30というのは、社会から与えられるのではなく、社会を変えていくべく主体性をもう一段高め始める時期なのだ、そのように思うことはあります。
僕は社会に何を問うていくのか。

話は変わり、ここから先はただの自慢ですが、そんな30歳の記念に妻がプレゼントしてくれた手料理は、それはそれは最高でした。
中でも僕のお気に入りは、「ホタテとイカ、トマトのファルシ」。
最近のマイブームである、「細部の繊細さ」にあふれた一品でした。

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妻は、出会った当時から料理が上手でした。
しかし、僕が驚いているのは、「出会った後も、ものすごいペースで料理が上達しまくっている」ということです。
レパートリーはどんどん増えるし、味は繊細になるし、盛り付けに至っては昔の写真とは比べ物にならないほど。
ドイツでのつらい料理環境が彼女を育てたのでしょうか。とても幸せなことです。
そして、ますますの成長を期待せずにはいられません。

自慢ついでにもう1枚。↓は昨年のクリスマスディナーで登場した「バターライスと牛肉ステーキをstaubで」。
これも僕のお気に入り、三ツ星メニューの1つです。

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Cambodia


久しぶりの更新です。
少し前、というかもう1ヶ月くらい前になりますが、休暇をもらってカンボジアに旅行しました。
というのも、もともとは12月に休暇をもらってプーケットに行く予定だったのですが、帰国直後から大型プロジェクトに従事することになり、休暇を返上。
そのプロジェクトもようやく一段落したので、あらためて休暇をもらったのです。
行き先がカンボジアに変わったのは、年末に会った友達の影響でアンコールワットを見たくなったから。

遺跡群の壮大さは期待以上。
細部の繊細な彫刻の美しさは、系統は違えど、グラナダのアルハンブラ宮殿を彷彿させるものがあります。
どうやら僕は、細部へのこだわりを感じられるモノにものすごく惹かれるようになっていたようです。
圧倒的な建築物の、その細部で、建築物より壮大な人間の世界観の凝縮を感じることができる。作り手の思いが伝わってくる。これがたまらんのです。
まさに"GOD IS IN THE DETAIL"ということなのでしょう。
最近、細部へのこだわりがマイブームです(自分の人生は大雑把なのですが…)。

アンコール遺跡群でもう1つ気に入ったのは、「建造物とそのままの大自然との融合」。
「管理された自然」を取り込んだヨーロッパの建造物とは真逆の印象。
という話を何人かの人に話したところ、「だったらボロブドゥールのほうが気に入るんじゃない?」とのこと。
なるほど。行ってみたい場所がまた増えた。

今回のカンボジア旅行では、もう1つ初体験をしました。
それは、絵を買ったこと。
絵といっても、みやげもの屋なんかで売っているテキトーなものじゃありません。
たまたま通りかかったカンボジアの若手アーティストのギャラリーに立ち寄った時のこと。
シャガールやピカソの画風を少し真似たような絵が多かったのですが、そのうちの1枚に、カンボジア独特のやさしい仏教観と太陽のエネルギーを感じられる1枚を見つけ、すっかり気に入ってしまったのです。
加えて、「ギャラリーに立ち寄り、自分の目で気に入った絵を買う」という、なんとも知的な気分にさせてくれる行為そのものにもすっかり酔ってしまい。。
東京に持って帰ると雰囲気が合わないかも?との不安もありましたが、持って帰ってみると、これがなかなかおしゃれ。

食事もうまいし、最高の旅行でした。

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Lazy

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Cathedral Notre-Dame - Paris, France

ああ。。気がついたら1ヶ月以上更新してなくて、広告が。。。

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Maurizio Pollini / Beethovenfest Bonn

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Maurizio Pollini (マウリツィオ・ポリーニ)
1942年1月5日生まれ。イタリア、ミラノ出身。
第6回ショパン国際ピアノコンクール優勝。
ギリシア彫刻にも比せられる芸術性と透徹したピアニズムにより、他を圧する存在として、ピアノ界のトップの中にある。
一方で、「完璧すぎる」「冷たい」「機械的」などの批判も出たが、それらは彼の硬質なタッチに加え、決して感情におぼれず深く計算された高い完成度ゆえであろう。
��以上、Wikipediaより)

彼のショパンのエチュードを、仕事中に繰り返し聴いていた時期がある。
当時は、クラシックを聴くのが楽しくて、ポリーニ以外にも、アシュケナージ、クリスチャン・ツィマーマン、ホロヴィッツ、ルーヴィンシュタイン、アラウ、アルゲリッチなどのCDをiPodに入れて聴いていた。
僕はアシュケナージが特に好きで、彼の弾くショパンの英雄ポロネーズに感動して、ピアノ教室に通おうかと考えたこともある。
一方で、演奏としての完成度は、間違いなくポリーニが一番だと思う。彼の演奏には、一切のムダがない。

そのポリーニが、ボンで開催されている「ベートーヴェンフェスト」の中でコンサートをやる、というので、早くからチケットをおさえて、この日を楽しみにしていた。
デュッセルドルフからボンまでは電車で1時間、ボンの中央駅から会場のベートーヴェンホールまでは、歩いて30分ちょっと。
ベートーヴェンホールは、それほど大きなホールではなく、会場としては東京のサントリーホールなどのほうが優れているように思う。
しかしそのぶん、ピアノが非常に近い。

会場に着いて、一番驚いたのは、客席のドイツ人が皆正装をしていること。
男性はビシッとしたスーツ、女性はドレス。
一応ジャケットは羽織っていたものの、ジーンズで会場入りした自分が若干恥ずかしくなる。
日本のコンサートでは、カジュアルな服装の人も多いのだけど・・・。

この日弾いたのは全部で4曲。もちろん全てベートーヴェン。
1. ピアノソナタ第4番 変ホ長調 作品7
2. ピアノソナタ第11番 変ロ長調 作品22
3. ピアノソナタ第17番 ニ短調 作品31-2("テンペスト")
4. ピアノソナタ第23番 ヘ短調 作品57("熱情")

Wikipediaにもあるように、ポリーニの演奏は、「機械的」なほどに完璧であり、であるがゆえに冷たいという印象があった(現に僕が聞いていたショパンのエチュードもそう感じられなくもなかった)が、この日の演奏でその印象は見事にくつがえされた。
歳を重ねたせいもあるのかもしれないが、白髪のピアニストは、感情表現豊かに音を奏で、時にはとても高齢とは思えないほど激しく鍵盤を叩く。
特に、最後の「熱情」は鬼気迫るすさまじいものがあり、第3楽章後半部分では、鳥肌が立ち、視線を逸らすこともできないほどの力のこもった演奏。
最後は観客総立ちでスタンディングオベーション。

聴きに来て本当によかった。
これを機に、またクラシック熱が再燃しそうである。

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Cote d'Azur - Day 2

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朝起きると、今日も快晴。ほんとに天気に恵まれた一週間だった。
場違い感の否めないモナコを早々に後にし、この日はマティスが手がけたロザリオ礼拝堂を見に山あいのヴァンスという村へ。

コート・ダジュールには、ヴァンスのように、断崖の上に家を密集させた村がいくつもある。
もともとは敵の侵入を防ぐためにこういう村の造り方をしたらしく、鷲が巣を作っているように見えることから、「鷲の巣村」と呼ばれるらしい。
多くの鷲の巣村は、中世の雰囲気が多く残っており、観光地としても非常に人気があるそうだ。
しかし、敵の侵入を防ぐように作り込まれた道路は、とても狭く、かつ迷路のように入り組んでおり、車で訪れるほうは大変である(まあ、モナコの道路もニースの道路も多かれ少なかれ似たようなものなので、コート・ダジュール自体運転は結構気を使うのかもしれない)。
慎重に運転すること1時間で、無事にヴァンスへ。
ロザリオ礼拝堂は、ヴァンスの村はずれにあった。

しかし。なんと!礼拝堂は午後2時からしか見学できないようだ。
到着したのは午前11時・・なんとも間抜けな話である。
とはいえ、2時まで待っていると午後の予定がくずれてしまう。
しかたないので、外観のみ見学することに。
とはいえ、マティスが「陽気さのあふれた教会。人々を幸せにする空間」と語ったロザリオ礼拝堂が、どんな場所、どんな陽気の下に立っているのかを知ることができただけでもよかった。
教会内はまたの機会にしよう。

午後はニースに戻り、そのマティスの作品がおさめられたマティス美術館と、シャガールの聖書をテーマにした作品が展示されているシャガール美術館へ。
この2つはどちらもすばらしかった。
結果的に、マティス美術館でロザリオ礼拝堂の内部のつくりを垣間みることもできた。
マティスもシャガールも、明るく、やさしさに包まれた作品が多い。
作風と土地は切り離せないものだということを実感。
僕は特にマティスが好きだ。

天気に恵まれ、それぞれの場所がそれぞれ魅力的だった今回の旅も明日で終了。
といっても、明日はデュッセルドルフに帰るのみ。
明日のデュッセルドルフの天気予報は雨。あさっても雨。
ああ。。

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��ロザリオ礼拝堂脇からみたヴァンス中心街)


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Cote d'Azur - Day 1

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Nice, France

バルセロナ発のイベリア航空機の搭乗客は、わずか8名だった。
小型の飛行機は、離陸後すぐに地中海へと抜けた。
窓の外の地中海は、朝日を浴びてきらきらと美しい。
1時間程度の短いフライトを終え、飛行機はニース・コート・ダジュール空港へ到着。

到着後、予約していたレンタカーを受け取りにカウンターへ。
なぜかわからないが、「車をアップグレードしておきました」と言われ、駐車場に向かうと、そこにはBMW525が!
すっかり上機嫌で、早速海岸沿いをドライブ。乗り心地もすこぶるいい。

コート・ダジュールは初めてだが、なるほどここの海は、一人で来ているのが残念でならないほど美しい。
海岸線を縁取る水色と、遠海の濃紺、そして真っ青に晴れ渡った空のグラデーションを見ると、パリで働くフランス人たちが、バカンスをここで過ごしたがる理由がよくわかる。
加えて、コート・ダジュールを他のビーチリゾートと決定的に違いづけているのは、ここには海だけでなく、山(丘?)もある、ということだろう。
ビーチからほんの数分で、豊かな緑と澄み切った空気あふれる高台に身をおくことができる。
高台からの眺めはこれまたすばらしい。

初日の今日は、ニースからイタリアと国境を接するマントンまで高原ドライブを楽しんだあと、モナコを見下ろす高台のホテルへ早々にチェックイン。
地中海を見下ろすバルコニーで「竜馬がゆく」を読みながら、のんびりとした時を過ごす。

しかしこのホテル、いくつかサービスがあるのだが、その内容にはびっくり。

1. チャータークルーズ
「ゲストの皆様には、エレガントなレーシングクルーザーをご予約頂けます。ハイスピードでコート・ダジュール屈指の海を駆け抜けませんか。ランチとクルー付き。2,000ユーロ。」

2. ヘリ&スーパーカー
「ポルシェ、ランボルギーニ、フェラーリが皆様をいつでもお迎えにあがります。ご希望があれば、ヘリやプライベートジェットもご用意させて頂きます。スタッフまでお申し付けください。」

などなど。
さすがはモナコ。僕などは場違いですね。。

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(Monaco, Night view)


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